自由が丘日仏協会のホームページへようこそ!


当協会は、自由が丘とエクサンプロヴァンスの友好関係に寄与する活動を行って、広く日仏相互間の理解と利益の増進に資することを目的に2001年6月30日に設立されました。
母体は自由が丘商店街有志です。現在、地元におけるもろもろの日仏交流セミナーや外国の方の日本体験などのイベント開催に力を注いでいます。
母体は自由が丘商店街有志です。現在、地元におけるもろもろの日仏交流セミナーや外国の方の日本体験などのイベント開催に力を注いでいます。
トピック
●パネルトークのチラシが完成:NEW当協会は、第8回パネルトークを4月1日に開催いたします。
自由が丘駅前の再開発事業を踏まえて。世界レベルと地域レベルの双方で、都市の移り変わりを見てみようと思います。
そのチラシができましたので、ご覧ください。

画像拡大:画像をクリック
みなさま、どうぞこのパネルトークにご参加ください。

2月18日の自由が丘シャンソンコンセールで常任理事の河津延樹さんとともに24曲を熱唱された原 洋子さんに「自由が丘でシャンソンを歌われて、どのようなお気持ちですか」と同コンセールの後にお尋ねしたところ、ご親切に以下のメッセージを送ってくださいました。原さんの素晴らしい歌唱力に感動された方は多く、ファン・クラブ結成の動きがあるほどです。是非、原さんからのメッセージをお読みください。
常任理事 中平信也
「自由が丘、シャンソンの香り」
シャンソン歌手 原 洋子
レ・ゼスカリエ ドゥ ラ ビュットゥ ソン ・デュー・オー・ミゼルー レ・ ゼール・デ・ムーラン プロテージュ レ・ザムールー(Les escaliers de la butte sont durs aux misereux
Les ailes des moulins protegent les amoureux)…有名な「モンマルトルの丘」のシャンソンのルフランである。シャンソンという歌には、殆どの曲にクゥプレという物語部分とルフランという繰り返し部分がある。シャンソンの一番特徴的な部分だと言ってもいい。人間の人生もまた、シャンソンと同じようにクゥプレとルフランなのかもしれない。
1989年シャンソンコンクール。この名古屋でのコンクールの出場者の中で全部の歌詞をフランス語で歌ったのは、私たった一人だった。終了後、当時の審査員長をしていた永田文夫先生が私に声をかけて下さった。君、フランス語で歌ってくれてありがとう。東京に出て来ることがあれば、私を訪ねなさい。そう言って私にお名刺を下さった。永田文夫先生は、あの大歌手、岸 洋子さんを育てた人だった。私は、自分の進むべき道にとても悩んでいたが、その一ヶ月後、そう私に言って下さった永田先生にお電話をして訪ねることにした。 「君、シャンソンでは、全然食えないからね。まず、昼間の仕事を見つけないとね。丁度良かったよ。良い仕事がある。」私が市ヶ谷にある先生のご自宅を訪ねると先生は私にそうおっしゃった。
そして、私が面接に出向いた場所は、赤坂溜池にある、東芝EMI本社の洋楽制作本部長の所だった。永田先生からの話は、もう手筈済だった。私が携わる仕事は、葦原英了先生が選定されたシャンソン名曲大辞典というシャンソンのLP10枚組を永田文夫先生監修の下で、CD10枚組に新たに企画編集する仕事、言わばシャンソンの百科事典、教科書作りの手伝いをする仕事だった。しかも、私に同僚は一人もいない。ずぶの素人の私が一人でする作業だったのだ。東京に初めて来たばかりの私にそんな凄い仕事が与えられたのは、まさに奇跡だったかもしれない。私は、約1年間、その資料のある都内の図書館等に出向き、フランス語の音源、原詞、訳詞を集めて行く仕事に就いた。
その仕事は、私がシャンソンの道標ともなる本当に素晴らしい仕事だった。その上、私は、銀座泰明小学校近くにある伝説のシャンソニエMa Vieの店主、日高なみさんに認められ、毎夜歌わせていただけることになった。それから、三十年の歳月が流れた。 この度、私のデビュー当時からの古い友人、河津延樹さんから、フランス語でシャンソンを歌ってほしいとの依頼があった。自由が丘日仏協会のご後援をいただいている。自分は少ししか歌わないので、自分のお写真は載せなくてもよいので、チラシまで作ってほしいと言われた。題名は、と尋ねると題名も作ってほしいとのこと。大変なことだ。自由が丘のお写真をとお願いしたが、それさえも送っていただけず、本当に困っていた。偶然にプロヴァンスの明るい写真を見つけたら、自由が丘のシャンソンの雰囲気が漂ってきた。 こうしてようやく本番を迎えることができた。超満員のお客様方は、一曲一曲をかみしめるように聴いて下さっておられるようだった。
愛の讃歌で涙が出ました。モンマルトルを思い出しました。倉敷は懐かしい街です。マイウェイで胸が熱くなりました。口々に暖かいお言葉を頂戴した。三十年歌ってきてよかったな。次の新しいクゥプレ(物語)の始まりは、自由が丘からなのかもしれない。 古い伝統を大切にしながら、常に新しい発想と発信力のある、フレンドリーな街、文化溢れる街、自由が丘よ、私を迎えて下さって本当にありがとうございました。
最後になりましたが、河津さん、ピアニスト豊嶋裕子さん、自由が丘日仏協会の皆さま、そして素晴らしい音響と場所をご提供下さいました、自由が丘マッカートニーの皆さま、本当に心より感謝申し上げます。

~新入部員募集~
南フランス発祥のユニバーサルスポーツペタンク(Petanque)を一緒に楽しみませんか!


・日曜日(10時~14時)
せせらぎ公園(多摩川駅前)
・水曜日( 9時~12時)
権蔵橋公園(等々力駅)
【連絡先】
・自由が丘日仏協会ペタンク部
・(担当者名)
中村正一
Tel: 090-2525-5027
田嶋奈緒子
Tel: 090-4375-3934
Email:luxury-girl.705y@docomo.ne.jp
【練習参加申込書】
練習参加申込書(Excel)こちらから。


コンパクトシティ 田園都市 第3の都市
瀬藤澄彦著
定価 3,850円(税込)本体3,500円
A5判並製 330頁
人びとや多国籍企業はどのような都市を求めてきたのか!
多くの人びとが居住し、労働する都市の理想はどうあるべきか。企業はどのような都市において生産性を上げられるのか。機能都市型コンパクトシティ、階層格差是正の広域統合型都市、大気汚染や環境生態のSDGs型都市、コロナ危機対策田園都市型の「第3の都市」など、都市をめぐるパラダイムが重層的・共時的に錯綜するなかで、都市の未来像を考察。

●次回パネルトーク:
「フランスレストラン文化について」
(講師:2021年にレジオン・ドヌールを受勲された大澤晴美さん)
親しい人と食卓をともにすることは楽しいことです。楽しさを共有するためにフランスではレストランに行きます。そして、よくもそれだけ話すことがあるものだと驚くぐらい喋りまくり笑います。家族とでも友人とでもフランス人がレストランで食事している様子をはたで見ていると、食べることがかくも楽しいことであったのかと感心します。
けれども、フランスのレストランは、楽しい時間をともに過ごす場所です。その楽しさを増すために、美味しい料理があり、ワインがあり、料理とワインの相性をアドバイスするサービスがあるのです。決してその逆ではありません。
日本にも食卓をともにして楽しさを共有する文化があります。焼き鳥屋に代表される飲み屋や居酒屋がそうです。そのツマミはフランス人に出しても恥ずかしいものではありません。けれども、恋人と一緒に食事をする時を想像してみてください。楽しい時間の過ごし方、つくり方、工夫の仕方をみると、フランスから学べることがあるように思えます。
自由が丘にはフランス料理を提供するお店が40軒以上あります。この沿線随一の環境を利用して、自由が丘を、自由が丘に来れば美味しい料理を食べて特別に楽しい時をともに過ごすことができる街にしていきたいと思います。
その一環として今回は、日本でフランスのレストラン文化の振興のために活動されてきた大沢晴美さん(一般社団法人フランスレストラン文化振興協会の代表理事)をお招きして講演会を行います。大沢さんは、その活動がフランス政府より高く評価され、2021年にフランス最高位の勲章レジオン・ドヌールを授与されました。講演の後には自由が丘のフランス料理店のシェフなどを交えたディスカッションを行います。
若手料理人をはじめ、フランス料理を通じて自由が丘をより楽しくしたいと考えている方々のご参加をお待ちしています。
大沢晴美さんの履歴についてはこちらをご覧ください。
●出版プロジェクト:
「アフリカ人からみた日本」
(著者:ジェレミー・ドンガラ、翻訳者:自由ヶ丘日仏協会の脇るみ子+中平信也)
在日30年以上のアフリカのコンゴ人が書いた日本論/日本人論。日本にあこがれた少年期から書き起こし、日本に来てから出会ったことや発見したことなど、自らの体験に基づき日本/日本人について叙述している。平易で分かりやすく、ユーモアもある。日本に住むアフリカ人から見ると日本/日本人がこう見えるのかと驚くところが多々ある。
筆者のジェレミー・ドンガラさんは、コンゴの首都ブラザビルの出身。高校までをブラザビルですごし、大学はフランスに留学してパリ第10大学ナンテール校。1980年代初頭に文部省(当時)の日本招へい留学生(第一期)に選ばれ、慶応大学に留学。卒業後はューヨークのIMF(国際通貨基金)に勤務。このため、アフリカ人としての日米欧の比較(たとえば、黒人差別の比較)も本書に書かれており、興味深い。
10年間のニューヨーク勤務の後、現在まで日本に滞在。日本とアフリカをつなぐ「架け橋」の役割を果たしている。
なお、コンゴを国名としているところは2か国、コンゴ共和国(旧フランス領コんゴ)とコンゴ民主共和国(旧ベルギー領コンゴ)とがある。フランス語で単にコンゴと言うと、ドンガラさんの故国コンゴ共和国を指す。
現在、最終章の日本語訳を進めているところ。2023年の春に刊行の予定、発刊されれば、ドンガラさんの講演会をひらく予定。
●自由が丘にフランスの香りを届けるプロジェクト:
・5月1日:スズランの日
フランスには、5月1日に愛する人やお世話になっている人にスズランを贈る習慣があります。スズランをもらった人には、幸運が訪れると言われています。ちなみに、スズランの花言葉は、「溢れ出る美しさ」、「希望」、「幸福の再来」。「純愛」などだそうです。春の到来と恋の告白を思わせますね。
フランスでは5月1日にかぎり誰でも許可なくスズランを売ってよいそうです(守らなくてはない規則はありますが)。このため、少女が白い衣服を着て街路でスズランを売っています。可愛らしく微笑ましい光景です。
5月1日の自由が丘もフランスのようにスズランの香りで満たしたいと思っています。具体的なアイデアはまだありません。どうぞ「投稿」を利用されアイデアをお送りください。
「スズランの日」についての詳細は、以下のURLをご覧ください。
今日の市場: 5月1日は「スズランの日」-大田花き
http://www2015.otakaki.co.jp/blog/topics/archives/
2014/04/29.html
5月 1日はスズランの日です https://www.flowerservice.co.jp/calendar/
calendar09.html
YouTube「スズランの日」(フランス語版)
le muguet du premier mai de Anny Versini, Jean -Marc Versini - Bing video
・その他のプロジェクト
フランスの香りを自由が丘に届けるアイデアが他にもありましたら、なんなりと「投稿」してください。
「フランスレストラン文化について」
(講師:2021年にレジオン・ドヌールを受勲された大澤晴美さん)
親しい人と食卓をともにすることは楽しいことです。楽しさを共有するためにフランスではレストランに行きます。そして、よくもそれだけ話すことがあるものだと驚くぐらい喋りまくり笑います。家族とでも友人とでもフランス人がレストランで食事している様子をはたで見ていると、食べることがかくも楽しいことであったのかと感心します。
けれども、フランスのレストランは、楽しい時間をともに過ごす場所です。その楽しさを増すために、美味しい料理があり、ワインがあり、料理とワインの相性をアドバイスするサービスがあるのです。決してその逆ではありません。
日本にも食卓をともにして楽しさを共有する文化があります。焼き鳥屋に代表される飲み屋や居酒屋がそうです。そのツマミはフランス人に出しても恥ずかしいものではありません。けれども、恋人と一緒に食事をする時を想像してみてください。楽しい時間の過ごし方、つくり方、工夫の仕方をみると、フランスから学べることがあるように思えます。
自由が丘にはフランス料理を提供するお店が40軒以上あります。この沿線随一の環境を利用して、自由が丘を、自由が丘に来れば美味しい料理を食べて特別に楽しい時をともに過ごすことができる街にしていきたいと思います。
その一環として今回は、日本でフランスのレストラン文化の振興のために活動されてきた大沢晴美さん(一般社団法人フランスレストラン文化振興協会の代表理事)をお招きして講演会を行います。大沢さんは、その活動がフランス政府より高く評価され、2021年にフランス最高位の勲章レジオン・ドヌールを授与されました。講演の後には自由が丘のフランス料理店のシェフなどを交えたディスカッションを行います。
若手料理人をはじめ、フランス料理を通じて自由が丘をより楽しくしたいと考えている方々のご参加をお待ちしています。

フィリップ・セトン駐日フランス大使よりレジオン・ドヌール勲章を授与される大沢晴美さん
パネルトークの開催は、コロナ感染再拡大の状況によりますが、2023年1月下旬を予定しています。大沢晴美さんの履歴についてはこちらをご覧ください。

「アフリカ人からみた日本」
(著者:ジェレミー・ドンガラ、翻訳者:自由ヶ丘日仏協会の脇るみ子+中平信也)
在日30年以上のアフリカのコンゴ人が書いた日本論/日本人論。日本にあこがれた少年期から書き起こし、日本に来てから出会ったことや発見したことなど、自らの体験に基づき日本/日本人について叙述している。平易で分かりやすく、ユーモアもある。日本に住むアフリカ人から見ると日本/日本人がこう見えるのかと驚くところが多々ある。
筆者のジェレミー・ドンガラさんは、コンゴの首都ブラザビルの出身。高校までをブラザビルですごし、大学はフランスに留学してパリ第10大学ナンテール校。1980年代初頭に文部省(当時)の日本招へい留学生(第一期)に選ばれ、慶応大学に留学。卒業後はューヨークのIMF(国際通貨基金)に勤務。このため、アフリカ人としての日米欧の比較(たとえば、黒人差別の比較)も本書に書かれており、興味深い。
10年間のニューヨーク勤務の後、現在まで日本に滞在。日本とアフリカをつなぐ「架け橋」の役割を果たしている。
なお、コンゴを国名としているところは2か国、コンゴ共和国(旧フランス領コんゴ)とコンゴ民主共和国(旧ベルギー領コンゴ)とがある。フランス語で単にコンゴと言うと、ドンガラさんの故国コンゴ共和国を指す。
現在、最終章の日本語訳を進めているところ。2023年の春に刊行の予定、発刊されれば、ドンガラさんの講演会をひらく予定。

ジェレミー・ドンガラさん
子供の頃にあこがれたゼロ戦とともに
子供の頃にあこがれたゼロ戦とともに

・5月1日:スズランの日
フランスには、5月1日に愛する人やお世話になっている人にスズランを贈る習慣があります。スズランをもらった人には、幸運が訪れると言われています。ちなみに、スズランの花言葉は、「溢れ出る美しさ」、「希望」、「幸福の再来」。「純愛」などだそうです。春の到来と恋の告白を思わせますね。
フランスでは5月1日にかぎり誰でも許可なくスズランを売ってよいそうです(守らなくてはない規則はありますが)。このため、少女が白い衣服を着て街路でスズランを売っています。可愛らしく微笑ましい光景です。
5月1日の自由が丘もフランスのようにスズランの香りで満たしたいと思っています。具体的なアイデアはまだありません。どうぞ「投稿」を利用されアイデアをお送りください。
「スズランの日」についての詳細は、以下のURLをご覧ください。
今日の市場: 5月1日は「スズランの日」-大田花き
http://www2015.otakaki.co.jp/blog/topics/archives/
2014/04/29.html
5月 1日はスズランの日です https://www.flowerservice.co.jp/calendar/
calendar09.html
YouTube「スズランの日」(フランス語版)
le muguet du premier mai de Anny Versini, Jean -Marc Versini - Bing video
・その他のプロジェクト
フランスの香りを自由が丘に届けるアイデアが他にもありましたら、なんなりと「投稿」してください。

更新情報
- 2023/03/16NEW
- 4/1パネルトーク開催場所住所(チラシ記載)訂正
- 2023/03/10NEW
- 4/1パネルトーク案内追加
- 2023/03/04
- 「HP操作説明」ページ追加
- 2023/02/22
- トピック「自由が丘、シャンソンの香り」追加
- 2023/02/20
- 2/18自由が丘シャンソンコンセール報告追加
- 2023/02/17
- ペタンク部新入部員募集追加
- 2023/01/01
- 全面リニューアル
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